2日目 (現地の夫婦の話と海沿いの光景)


 今日も洗浄作業です。
 作業は、一週間程度いるスタッフ2〜3名と、一日限りのボランティアさん10〜20名で行います。まぁ、当然長く居る人は指示を出すほうですね。


 この日は20代前半の若者が20名来ました。聞くと友達同士で声を掛け合ってバスをチャーターして来たんだそうです。すげ〜、行動力だな。それにしても、なんだか顔立ちが違うような気がするぞ。ハーフばっか。僕たちモデル仲間なんですって返答が。どうりでね。

 印象的だったのは、昼休憩の時。日和山公園でまったりしていると、地元の人が私たちに声をかけてくれました。


 ボランティアですか?
 ありがとう。それはご苦労様。
 本当に全国から人が来てくれてね。助けてくれてる。
 私はここから見える川向こうの辺りに自宅があってね。
 今は地盤沈下しちゃって戻れないんですよ。
 海面と同じ高さになっちゃって潮が高いと冠水する。
 どうなるんだかね。
 整理区域だから家の建て替えも禁止されてるしね。
 あそこに大きな橋が見えるでしょう。
 日和大橋っていって大きな橋なんだわ。高さ20mくらいあるのかな。
 津波の時は、あの橋がてっぺんしか見えてなかった。
 そんなことあるのかなって目を疑いました。
 そんな大きな津波が来るなんて思ってなかったしね。
 チリの大地震のときですら、さざ波みたいなもんですよ。
 それが、あんなに大きな津波が来て街が飲み込まれた。
 川に沿って必死で逃げてね。


 気づいたら、まわりにモデルの彼らも集まって、みんなで話を聞いていました。なんて言うのか。聞くしかできない。辛い思いをしている人を目の前にした時に言葉って無力だよなって。


 作業が全て終わって、モデルの彼らのリーダーが言ったことが心に残りました。
「僕たちはこういう商売をしているから、人と接することも多い。今日感じたことを帰ってからどんどん伝えていかなきゃいけないと思ってる。少しでも関わってくれる人を増やすために、みんなで伝えていこう。」


 明るくていい子たちだったな〜。俺も帰ってからすることは同じだよな、って思いました。


 帰りがけには少し遠回りして、仲間に海沿いを案内してもらいました。海沿いはひどいなぁ。匂いも一段ときついし、ハエも多い。瓦礫も片付いていない。
 少し車を停めて歩きましょうということで、渡波の明神社のあたりへ。
 ここは辺りの氏神様で、震災当日は200人ほどが避難して一命を取り留めた場所です。僕が5/3に来た時に瓦礫撤去をした辺りでもあります。
「そうそう。ここの瓦礫の山から数日前に遺体が発見されたそうですよ。」
 そう示された場所は、まさに以前作業した場所でした。・・・俺、乗ってたよ。そこ。


 海沿いを歩いて、津波で壊された防波堤を見て、被災した保育園を通り、帰りました。まだまだ、復興には遠いな。。。